自ら通る

明治十年十一月二日夕刻

 

「日々通る中に心にもない通り方をしてはいかんで」

 

この道は人にさせる道やないで、めいめい一人一人が自分からつとめさせて頂く道やから、人がどうのこうのというやないで

 

「人間は自分がすると、人にもさせたくなるものやが、なんぼ人にさせようと思うてさせてもなにもならん、人がさせて頂かなけりゃと思う心になるようにしてやってくれ」

 

「それには時というものがあるで、時ということよく心に治めておかにゃならん、時をはずして何をしてもなにもならん」

 

「種をまく時には種をまかにゃ行かん、さむいあついというて、今いそがしいからというて、時をはずしたら、いい芽はでてこないで」

 

「時をはずさぬよう、よく教えてやってくれ」

 

自分がつとめさせてもらう時でも、人にもさせようと思う心持ったらいかんで、人にかりものということわからせてやったらつとめてもらえる。なんぼさせようと思うても、かりものということがわからねば何にもならん

 

「めいめいが運ばしてもらい、つとめさせてもらうておるうちに人はついてくるで」